吉敷地域の文化
道標管理番号16
2016/4/30
16番
ここが峠の頂上で標高は373mあり、周防、長門の国境です。この峠を「大峠(おおたお)」といいます。大内氏はこの地に関所を置いたといわれています。
天文20年(1551)陶晴賢の乱で山口を脱出した大内義隆は側近に護られこの大峠を越え湯本、仙崎方面に向かったと伝わっています。ここから西に峠を下りると約800m先に大内義隆が落ちのびる途中、休息をとった石と伝わる「直居(ただす)へ石(いし)」の巨石が残っています。
幕末になって長州藩が山口に藩庁を移したとき、ここ大峠の頂に「大峠監門」という関所を設け、衛兵を配置し警備に当たったと伝わっています。
ここには石灯籠があり竿に延享二年(1745)の銘が刻んであります。山口大神宮参拝のための灯籠ともいわれています。